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蓮華王院 (三十三間堂)
正式名称 蓮華王院 (れんげおういん)
通称名称 三十三間堂 (さんじゅうさんげんどう)
住所 東山区三十三間堂廻町657
電話番号 075-525-0033 FAX 番号 075-561-6698
内容概要
南北に125メートル。内陣の柱と柱の間数が33あり、木造建築では世界一の長さ。1164年(長寛2)後白河上皇が平清盛に命じて創建。堂内には、中尊千手観音坐像(国宝)を中心に千体の千手観音立像、観音二十八部衆像が並ぶ。「通し矢」で有名。天台宗。
建立:1164(長寛2)年
外観写真
交通案内 京阪電車 七条下車 徒歩約7分市バス 博物館三十三間堂前下車すぐ
駐車場情報 三十三間堂拝観専用
バス30台分 無料
自家用車50台分 無料
車椅子による見学 可 車椅子・スロープあり
拝観・開館時間 8:00 - 17:00
見学所要時間 約 30 分
休日・休館 無休
備考 入場開始:11/16〜3月は9:00
受付終了:閉門の30分前
施設終了:11/16〜3月は16:00
料金     一般 団体割引
      (30人以上)
大人  600円 550円
大学生 600円 550円
高校生 400円 350円
中学生 400円 350円
小人  300円 250円
障害者の方は半額
案内地図

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関連項目
観光文化情報が6件検索されました。

画像 名称 住所 概要
三十三間堂(蓮華王院)南大門 (さんじゅうさんげんどう(れんげおういん)なんだいもん)  蓮華王院(三十三間堂)にある桃山時代建築の重要文化財建造物。境内の南端、塩小路通に面して建つ本瓦葺の巨大な八脚門。慶長5年(1600)、豊臣秀頼によって建立された。詳細を見る
三十三間堂(蓮華王院)築地塀 (さんじゅうさんげんどう(れんげおういん)ついじべい)  蓮華王院(三十三間堂)にある桃山時代の重要文化財建造物。南大門を挟んで東に短く、西に長く伸びた土塀。丸瓦や平瓦に桐の紋がついているので、太閤塀ともいう。元は西面にもあったが、現在は残っていない。詳細を見る
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三十三間堂(蓮華王院)木造千手観音立像 (さんじゅうさんげんどう(れんげおういん)もくぞうせんじゅかんのんりゅうぞう)  蓮華王院(三十三間堂)にある重要文化財彫刻。平安時代から鎌倉時代にかけて、湛慶以下多くの仏師によって作られた。本尊の左右両翼の十級の階段上に各五十体ずつ、合計千体が並んでいる。像高は1.65m前後、頭...詳細を見る
三十三間堂の通し矢 (さんじゅうさんげんどうのとおしや)  通し矢の起りは諸説であるが、本堂の縁の上で矢をとばして、その矢数によって優劣を競った競技とも。その故事にならい、全国から弓道の有段者が集まって三十三間堂全国大会が開かれ、本堂西側の射場で直径約1メート...詳細を見る
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付近名所
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蓮華王院 (れんげおういん) 東山区三十三間堂廻町657南北に125メートル。内陣の柱と柱の間数が33あり、木造建築では世界一の長さ。1164年(長寛2)後白河上皇が平清盛に命じて創建。堂内には、中尊千手観音坐像(国宝)を中心に千体の千手観音立像、観音二十...詳細を見る
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